特産品購入で里山支援!
(商品代金の一部は環境維持費として里山の維持再生活動に使われています。)
ブログ 島五朗の冒険
SATOYAMA市民を目指し、新しき自分自身のために綴る意識の冒険談、『風のつぶやき』。
皆で一緒につくろう!
五島列島のあんな事、こんな事、歴史にのこしませんか!投稿お待ちしています。


企業組合
五島列島ファンクラブ
住所:長崎県五島市
戸岐町1180番地 半泊分校内
TEL:0959-73-0480

下記(1)~(3)のアンチテーゼとコンセプトを策定し、活力ある集落=半泊・大丈夫村!を実現する。
半泊地区には65歳を超えても元気なおじちゃん、おばちゃんが海や山で働いている。
半泊地区には独立自尊の自律・自立した人々が暮らしているので、学べることがたくさんある。
半泊村には都会の人が必要としている知恵や魅力(自然や歴史や光ファイバー)がたくさん在る。
自然と人との共生を基本理念として体系化されたパーマカルチャーデザインの考え方や技術を穫り入れ、廃校となった半泊分校の校舎・校庭、そしてその周辺環境を“エコビレッジ化”することにより、
たった500m四方ほどの集落に、山・川・田畑そして海までもある半泊村は都会人にとって魅力ある里山である。この自然資本たる独自な地域資源にパーマカルチャーデザイン技術の展示機能を加え、田舎暮らしに興味関心のある都会生活者の導線を引き、頻繁にこの村に「都会からの恵み」すなわち《労働力、知識・技術・経験・センス、人脈、資金》がもたらされるようにし、「世界初!海のあるエコビレッジ」として地域力を発揮する。
「世界初!海のあるエコビレッジ」を実現することで、半泊の豊かな地域資源がより一層輝きを増し、持続可能な活力ある故郷「大丈夫村!」として仕上げ、都市から半泊村への交流人口増加の導線を確立し、併せて五島市への定住希望者へのオリエンテーション機能を果たす。
少子高齢化スピード世界最速国日本・・・この国の離島である五島列島には、約200年前から少数世帯の集落で漁業や農耕で暮らしを続けてきた小さき村が54箇所もあり、いずれも限界集落から消滅集落へと推移すると予測されている。半泊地区も隠れキリシタンの里として200年以上も持続してきた里山村であるが、今ここに暮らす村人の自立性は未だ健在であり、今日的課題である“地方の衰退"や“過疎問題"への取組についての《重要なヒント》を秘めている可能性がある。しかも、福江島の最北端の集落であるこの村には、光ファイバー網が通っており、インターネット環境が整っており、メールの送受信や各種検索による情報収集には事欠かない。
最盛期には16世帯が暮らしていた半泊地区だが、現在では5世帯9人(平均年齢は65歳以上をわずかに超える)の《限界集落》。若年層、就学児童、乳幼児等はいない。1922年創建のキリスト教会(半泊教会)や戸岐小学校半泊分校(平成4年廃校)があったので、かつては近隣の集落も含めた中心的な役割を果たしていた。しかし、波静かな半泊浦に面した500m四方ほどの土地に山、川、田畑が箱庭のようにすっぽり納まった風光明媚な地区であり、小さいながらも多面的・地域生命圏があり、自然と人が共生する循環型の暮らしを学ぶには絶好の環境である。
奥浦から更に奥に入った地区。200年ほど前の寛政年間に、大村藩から三千人とも言われる人々が各地に移り住み、奥浦地区各地にも居着いたが、狭い山間地や海に迫る荒れ地の開拓に当たり潜伏キリシタンとして信仰の灯をともし続けた。この半泊には大正時代後期に、透明感のあるきれいな海の石ころの浜辺際にカトリック教会(半泊教会)が建てられている。人口減と高齢化により、平成3年にはカクレキリシタンのグループが解散した。また、近年まで冬の風物詩ともなっていたクロイオ(メジナ)の追い込み地引き網漁の発祥地でもあり、山見の指示で動く伝統的な漁が行われていたがこれもなくなった。人口急減でしかたないことなのであろう。
(五島雑学事典・・・永冶克行著・・・「半泊」の項より引用)
5世帯9人の半泊集落における最大の課題は「交流人口の増大策」である。200年モノの里山景観を、今後も、たったの9人だけで守ることは至難の業。荒れる一方の流れに歯止めをかけるべく「町から村へ」の導線のみならず「都会からこの集落への交流人口」の増大策を企画・検証・確立することが何よりも急務である。幸いなことにこの村には「地の利」があり、コンクリートジャングルに暮らす都会の人々にとっての「癒しの里山空間」に豹変する可能性があるばかりではなく、環境意識を高めたり、環境活動への参加意欲を満足させたいと思っている人にとって魅力的な「学習キャンパス」となる可能性がある。廃校を魅力溢れる環境学習キャンパスとして再生し、森→川→田畑→海の流域共同管理体験をセミナー化し、環境貢献ボランティアを育成することにより「持続的かつ確固たる導線」を確立する。これを再生モデルの最大の鍵として実現し、順次、諸施策=森(山に点在する放置林)の復活、田畑(耕作放棄地)の復活、川(沢の水路の清掃と石垣の修復)の修景、海(磯やけ現象)の再生、途絶えた伝統文化(地引き網漁)の復活・継承、適正な集落規模の維持=など、諸課題解決のための仕組みづくりを確立する。
半泊地区には、たった500m四方の狭い範囲に山、森、川、田んぼ、畑そして海がある。
そこに家が点在する風景は、まさに「心が癒される典型的な日本型里山風景」である。
ここは、環境意識の高い都会の人々が「環境メカニズム」を目の当たりにできる「現場」であるのみならず、
長野大学大野晃教授が限界集落再生の鍵として提唱する「流域共同管理を体験できる絶好のキャンパス」として捉える。
まずは、廃校の校舎、校庭、その周辺環境に
自然と人との共生技術であるパーマカルチャーデザイン技術を設置、「新たな学びの拠点=日本型エコビレッジ」として再生する。
ついで、『世界初!海のあるエコビレッジ』を謳い文句に、島内外からUIターン希望者を広く受け入れて、
持続可能な社会を生きるための新しいライフスタイルを提案し、共に、地域資源を活かした特産品の開発・流通・販売などを行う。
限界集落を長崎県内で一番多く抱える五島市。
半泊村もその一つであるが、「廃校」を活用し地域住民と共に交流人口を増やす村づくりの成功は、他の「限界集落再生モデル」となるはず。
また、隠れキリシタンの里を象徴する半泊教会もあるので、
長崎県が進める世界遺産登録(長崎の教会群とキリスト教関連遺産群)のための環境整備 すなわち
教会集落(五島列島に50教会)の在り様や景観整備の仕方にも具体的なヒントを与える「世界遺産集落の成功事例」に成り得ると考えられる。
廃校を拠点に「小さき村の豊かな学びへの挑戦!」をスタートさせ、都会の人々と共に豊かな地域資源を活かした日本型エコビレッジを創造し、持続可能な社会を生きるための新しいライフスタイルを提案。環境意識の高い都会生活者との交易・交流人口増に繋がる「大丈夫村!」を実現する。